<平和をつくる者の幸い マタイの福音書5章1~10節>
私たちの国は、8月15日に81回目の終戦記念日を迎えました。「戦争は世界を破壊し破滅させる」ものですが、神様は私たちに、『平和をつくる者の幸い』(9節)を教えています。心の貧しさを知る者こそが、キリストの義に飢え渇き、平和をつくる者とされる。
1.心の貧しさを知る者こそ
聖書(ヤコブ4:1~3)は、私たち人間がなぜ戦争を起こすのか。その根本原因を明らかにしています。まさに私たちの心に『戦う欲望』(ヤコブ4:1)があるからです。私たちが自己中心、身勝手な思いで願い求める物が手に入らないならば、人と争い戦っても、戦争してでも、人を殺してでも、無理矢理に他人から奪い取って手に入れようとするのです。イエス様は山上の説教の「八福」(マタイ5:3~10)の最初に『心の貧しい者の幸い』(3節)を教えています。『心の貧しい者』(霊において貧しい者)とは、神様に背き人に罪を犯す自分自身の惨めさに気付いた者のことです。争い戦い戦争の根本原因である自己中心、身勝手な思いで生きることが、他人ごとでなく、自分自身の人生を惨めで貧しい人生にしていると気付いた『心の貧しい者は幸いです』(3節)。心の貧しさを知った者こそが、真実に平和をつくる者とされるのです。
2.キリストの義に飢え渇く
神様に背き人に罪を犯してきた『心の貧しい者』は、自分の心に義(正しさ)がないことを知り、『(キリストの)義に飢え渇く』(6節)のです。
①神様からの平和 (ローマ5:8~10) 私たちが自分の心の貧しさに気付く前に、イエス・キリストは私たちの罪の身代わりとなって十字架で死んでくださいました。キリストの十字架の死と復活を信じる信仰によって、私たちの罪は赦され、神様と和解し、神様からの平和が与えられるのです。
②人間関係での平和 (エペソ2:14~16) 私たちの人間関係に生じる『敵意』(憎しみ、嫌悪)を、イエス・キリストは十字架によって廃棄してくださったのです。『キリストこそ私たちの平和です』(エペソ2:14)。
③キリストの十字架による万物の和解(コロサイ1:20) 私たちは、人間関係に苦しむ時、キリストの十字架の死と復活を仰ぎ見ようではありませんか。そのことは、キリストの十字架による万物の和解への大切な一歩なのです。
3.平和をつくる者とされる
「淵田美津雄さん」(真珠湾攻撃の総隊長)は、戦後、クリスチャンとなりました。アメリカ人の若い女性クリスチャン(マーガレット・コヴェルさん)が、戦争での憎しみを克服していることを知り、聖書を読むようになりました。そして十字架の上でのイエス様のことば、『父よ、彼らを赦したまえ、そのなすところを知らざればなり』(ルカ23:34)が、自分自身のことであると気付いたからでした。戦争で破壊する者から、平和をつくる者に変えられたのです。
関連聖書箇所
◎ヤコブ書4章1~3節
1 あなたがたの間の戦いや争いは、どこから出て来るのでしょうか。ここから、すなわち、あなたがたのからだの中で戦う欲望から出て来るのではありませんか。2 あなたがたは、欲しても自分のものにならないと、人殺しをします。熱望しても手に入れることができないと、争ったり戦ったりします。自分のものにならないのは、あなたがたが求めないからです。3 求めても得られないのは、自分の快楽のために使おうと、悪い動機で求めるからです
◎ローマ書5章8~10節
8 しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。9 ですから、今、キリストの血によって義と認められた私たちが、この方によって神の怒りから救われるのは、なおいっそう確かなことです。10 敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させていただいたのなら、・・・・
◎エペソ書2章14~16節
14 実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、15 様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、16 二つのものを一つのからだとして、十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。
◎コロサイ書1章20節
20 その十字架の血によって平和をもたらし、御子によって、御子のために万物を和解させること、すなわち、地にあるものも天にあるものも、御子によって和解させることを良しとしてくださったからです。
◎ルカの福音書23章34節(文語訳)
「父よ、彼らを赦し給へ、そのなすところを知らざればなり。」
◎ルカの福音書23章34節
「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」