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2023年12月3日東村山キリスト教会第一アドベント礼拝 説教要旨

<天国の逆転 ルカの福音書16章19~31節>
「ある金持ちと貧しい人ラザロのたとえ話」で、イエス様は『天国の逆転』について教えています。「ある金持ち」は地獄に行き、貧しい生活をした「ラザロ」は天国に入ることができたのです。富は救いの証拠にならず、みことばで罪を悔い改め、神様の助けを日々自覚する。

1.富は救いの証拠にならない
イエス様のたとえ話に登場する「ある金持ち」は、自分に与えれたこの世の富の豊かに酔いしれ、すでに天国を先取りした生活をしているかのように誤解していたのです。私たちは、外的な豊かさ、豪華さが、救いの証拠のように思う「成功の神学」に注意しなければなりません。イエス様は、「ある金持ち」の死後について、『死んで葬られ』(22節)『よみ(地獄)で苦しんだ』(23節)と教えています。また、イエス様は「天国と地獄」について、『大きな淵がある』(26節)と教えています。天国から地獄へ行くことも、地獄から天国に行くこともできないのです。イエス様が教えているように、金持ちであっても、貧しい人であっても、私たちがこの世で、神様の御前に、どのような生き方をするかで、死後の行先が決まるのです。死後、変更は効かないのです。

2.神様の助けを日々自覚する
「貧しい人」にイエス様は『ラザロ』と名付けました。イエス様がたとえ話の中で唯一名付けた人物の名前です。イエス様は特別な意図を持って、貧しい人に『ラザロ』と名付けたことが分かります。しかし、イスラエル社会で「ラザロ」はありふれた名前でした。『ラザロ』(ギリシャ語)は、ヘブル語では『エレアザル』です。この名前は、『神様の助け』と言う意味です。神様の助けがなければ、生きていくことができない者のことです。ラザロは、『悪いものを受けた』(25節)で、神様の助けを日々必要とした地上生涯を生きたのです。私たち人間は一人の例外なくみな、貧しい人ラザロです。ある金持ちは、『良いものを受けた』(25節)からこそ、良いものを神様に喜ばれる用い方をするために、生きる賢さが「神様の助け」として必要でした。

3.みことばで罪を悔い改める
ある金持ちは死後、地獄で自分の過ちに気付き、同じ過ちを兄弟5人が犯さないために、ラザロを地上に送って欲しいと願いました。しかしイエス様は、モーセ(律法)と預言者のみことばを聞き、罪を悔い改めることを教えています。人間は、死者が死から復活しても、罪を悔い改めないのです。だからこそ、みことばから罪を悔い改め、神様の助けが日々必要であることを自覚しようではありませんか。そして、イエス・キリストの十字架の贖いの死と復活こそが、神様の真実な助け(救い)であることに気付き感謝し仰ぎ見ようではありませんか。貧しい人ラザロとして地上生涯を生き、貧しい人ラザロとして天国の神様の懐で安らごうではありませんか。

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