宣教メッセージ

2025年3月30日東村山キリスト教会主日礼拝 説教要旨

<神のかたちとしての尊さに生きる テモテへの手紙第一2章8~15節>
パウロは、聖書のことばが教える「原則」を、テモテが牧師をしていたエペソ教会の一部の男性信仰者と一部の女性信仰者の特殊事情(課題)に「適応」して教えています。「原則」とは、「神のかたちとしての尊さに生きる」ことです。つまり、どこでもきよい手で祈り、良い行いで自分を飾り、信仰と愛と聖さに留まることです。
1.どこでもきよい手で祈る
エペソ教会では、一部の男性信仰者が、怒りやすく、言い争いを繰り返していたようです。私達は人間本来の尊さを見失う時、自分の立場、面子、プライドに拘ることで、怒り、言い争いをします。神様は、私達人間を『神のかたち』(創世記1章27節)として、特別な尊い存在として創造しました。神のかたちとしての尊さに、男性と女性の違いはなく、神様の御前に平等です。私達人間は、神様に背く罪を犯すことで、神のかたちが傷付き、歪んでしまったのです。しかし、イエス・キリストの十字架の贖いの死と復活を、砕かれた悔いた心で信じ受け入れ、キリストに似た者に変えられることで、傷付いた神のかたちは回復します。パウロは、「神のかたちとしての尊さに生きる」ために、『どこでもきよい手で祈る』(8節)ことを教えています。私達は、どこでもきよい手で、キリストの聖さに心を開いて、罪を悔い改めて、祈りましょう。
2.良い行いで自分を飾る
エペソ教会では、一部の女性信仰者が、派手な高級な衣服を身に付け、指導を受けることを拒絶し、かえって独裁君主のように横柄な態度を取っていたよう
です。パウロは、そのような女性達に、教会で礼拝するにふさわしい衣服を身に付けること、テモテ(男性指導者)から指導を受けること、そのような女性
達が指導することを禁じています。パウロ(聖書)は、どんな場合でも、女性が教会を教え指導することを禁じているのではありません。パウロは、「神の
かたちとしての尊さに生きる」ために、『良い行いで自分を飾る』(10節)ことを教えています。私達は、内面がキリストに似た者に変えられるならば、必ず
神様の御心に従った良い行いを行うようになります。ベタニアのマリアのように、自分の外面を飾るのでなく、良い行いで自分を飾ろうではありませんか。
3.信仰と愛と聖さに留まる
パウロは、異端の教えに影響されるのでなく、健全な教えとしての『信仰と愛と聖さに留まる』(15節)ことを教えています。異端の教えが『結婚を禁じ
ていた』(4章3節:出産も禁じていた)ことに対して、『女は・・・・・子を産むことによって救われる』(15節)と教え、女性は出産を通して、救いの尊い働き
(神の国を前進させる尊い働き)に女性は用いられると教えたのです。私達は、『信仰と愛と聖さに留まる』ことで、人生の試練(課題)を通して、救いの尊い働きに私達が用いられることを願いましょう。
関連聖書箇所
◎創世記1章27節
27 神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。
◎Ⅱコリント書3章18節
18 私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。
◎マタイの福音書5章23、24節
23 ですから、祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、
24 ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。
◎Ⅰペテロ書3章3、4節
3 あなたがたの飾りは、髪を編んだり金の飾りを付けたり、服を着飾ったりする外面的なものであってはいけません。
4 むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人を飾りとしなさい。それこそ、神の御前で価値あるものです。
◎ヨハネの福音書12章3節
3 一方マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。
◎ヨハネの福音書12章7節
7 イエスは言われた。「そのままさせておきなさい。マリアは、わたしの葬りの日のために、それを取っておいたのです。
◎Ⅰテモテ4章3節前半
3 彼らは結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。
◎創世記3章16節
16 女にはこう言われた。「わたしは、あなたの苦しみとうめきを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」

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