宣教メッセージ

2026年3月8日東村山キリスト教会主日礼拝 説教要旨

<失望の闇に希望の光を見る マタイの福音書4章12~17節>
この世の権力が乱用されることで、日本そして世界が、どのような方向に進むのか。将来に対する不安感、失望感が、今の私たちにあるのではないでしょうか。私たちは、この世に失望の闇を見るが、キリストに希望の光を見る。
1.この世に失望の闇を見る
イエス様は、聖霊に導かれて、荒野で悪魔の誘惑を受けました。イエス様は、救い主キリストとしての使命を深めました。イエス様は、ガリラヤ地方の中心的な町であったカペナウムを拠点として、宣教を開始しました。このことは旧約聖書(イザヤ書9章1~7節)の預言の成就でした。イエス様の時代、ガリラヤ、カペナウムは、エルサレムに暮らすユダヤ人から蔑まれた地域でした。預言者イザヤの時代、すでに二つに分裂していた王国の一つであった「北イスラエル王国」は、アッシリア帝国に侵略され、滅びました。そのため、『異邦人のガリラヤ』(15節)と言われるように、ユダヤ人と異邦人の結婚による混血、宗教混合が進んだ地域でした。純血を誇りとするユダヤ人は、そのことを軽蔑したのです。『異邦人のガリラヤ』に暮らすユダヤ人は、暗闇にもがき苦しんでいたのです。苦しみの原因は、彼らが偶像礼拝の罪を犯したからでした。イエス様が荒野で悪魔から誘惑されたのも、偶像礼拝の罪を犯す誘惑でした。彼らは、パンのための偶像の神を求め、奇跡のための偶像の神を求め、この世の成功のための偶像の神を求める罪を犯したのです。偶像の神々を求めて、真実な神に背を向ける罪を犯したことが、彼らの人生を暗闇にした原因でした。私たちも、人生の暗闇は、罪の暗闇、死の滅びの暗闇であることに気付き、真実な神様に心を向けようではありませんか。
2.キリストに希望の光を見る
16節にある『大きな光』『光』とは、神の御子イエス・キリストのことです。イエス様は、ガリラヤ地方、カペナウムで、『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから』(17節)、と宣教を開始しました。これはバプテスマのヨハネの宣教(マタイ3:2)と全く同じことばです。『悔い改める』とは、真実な神様に背く罪を認め、真実な神様に心の向きを変え、生き方を変えることです。イエス様が伝えた『天の御国が近づいたから』は次の意味です。すでに神の国が地上で始まったが、いまだ神の国は完成せず、やがてイエス・キリストの再臨によって神の国が完成する。イエス様が荒野で悪魔に誘惑されることで私たちに教えてくれたように、神のみことばに生きる人生、神を信頼して生きる人生、神を礼拝し仕え生きる人生こそが、神の国に向かう、地上で始まった神の国で生きる、真実に幸いな人生を生きることです。『(イエス・キリストが)カペナウムに来て住まわれた』(13節)とあるように、紛れもない現実として、神の国が地上で始まったのです。私たちは、この世に失望の闇を見ます。しかしキリストに希望の光を見ようではありませんか。

関連聖書箇所
◎イザヤ書9章6節
6 ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。

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