<神を礼拝し仕え生きる人生 マタイの福音書4章1~11節>
2月に開催された冬季オリンピックで、フィギアースケートの「りくりゅう」ペアから私達は、金メダル(成功)よりも遙かに価値があることについて教えられました。私達の人生の目的は、この世で成功することでなく、神を礼拝し仕え生きることです。
1.私達の人生の目的は、この世で成功することでない
荒野での悪魔の第三の誘惑は、この世での栄華の誘惑でした。悪魔は、幻の中で、イエス様を高い山に連れて行き、この世の栄華を見せました。そして『もしひれ伏して私を拝むなら』(9節)、この世の栄華を与えると誘惑したのです。悪魔は正体を隠し、『私を拝むなら』と言っているだけです。イエス様には、礼拝するのが、悪魔なのか、神様なのか、すぐさま判断できないことでした。しかし、イエス様は、10節にある聖書のみことばから、悪魔の誘惑を見破り退けたのです。「神を礼拝し仕え生きる」ことこそが、私達の人生の目的です。悪魔は、この世の栄華(成功)を手に入れることを人生の目的とし、「神を礼拝し仕える」ことをそのための人生の道具(手段)としたのです。悪魔はこの世の常識に基づいて誘惑しているにすぎないのです。
イエス様は、『下がれ、サタン』(10節)とのことばを、マタイ16:23で、イエス様の弟子であったペテロにも使っています。イエス様はペテロに、イエス様の前に出るのでなく、「イエス様の後に下がって、イエス様の後に従い生きる」ことを教えたのです。私達はこの世の成功を手に入れることができても、永遠のいのちを失うならば、何の得にもなりません。悪魔の目的は、私達の人生を死の滅びで終わる空しい人生にすることです。この世の成功に縛られた不自由な生活から解放されようではありませんか。この世の栄華は、永遠のいのち、天の栄光を約束するものではないのです。
2.私達の人生の目的は、神を礼拝し仕え生きること
神を礼拝し仕え生きること(私達の人生の目的)について、申命記6章13節は、私達が豊かになった時のことを警告として教えています。私達は豊かになった時、神様を忘れ、神を礼拝し仕え生きることを後回しにしやすいのです。私達が豊かになった時、私達は豊かさのための神様を求める、この世が行う偶像礼拝の罪を犯すようになります。神を礼拝し仕え生きることを、私達の人生の目的とすることは、私達の生涯に渡る人生の戦いです。
神を礼拝し仕え生きることを人生の目的にする時に、私達は真実な成熟(成長)に導かれます。イエス様の後に従い生きることで、イエス様が共にいてくださるならば、どのようなところであっても行くことができる成熟です。そして、そこで、いのちを豊かに見出すことができる。それほどまでに、イエス様を深く愛する人になる成熟です。この世の成功を手にした人生でなく、神を礼拝し仕え生きる人生こそが、真実に幸いな人生なのです。
関連聖書箇所
◎マタイの福音書16章23節
23 しかし、イエスは振り向いてペテロに言われた。「下がれ、サタン。あなたは、わたしをつまずかせるものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」
◎マタイの福音書16章26節
26 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら何の益があるでしょうか。そのいのちを買い戻すのに、人は何を差し出せばよいのでしょうか。
◎申命記6章13節
13 あなたの神、【主】を恐れ、主に仕えなさい。また御名によって誓いなさい。
◎申命記6章10~12節
10 あなたの神、【主】は、あなたの父祖、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地にあなたを導き入れ、あなたが建てたのではない、大きくてすばらしい町々、11 あなたが満たしたのではない、あらゆる良い物で満ちた家々、あなたが掘ったのではない掘り井戸、あなたが植えたのではない、ぶどう畑とオリーブ畑、これらをあなたに与えてくださる。それであなたは、食べて満ち足りるとき、12 気をつけて、エジプトの地、奴隷の家からあなたを導き出された【主】を忘れないようにしなさい。
◎申命記6章14~15節
14 ほかの神々に、すなわち、あなたがたの周りにいる諸国の民の神々に従って行ってはならない。
15 あなたのうちにおられるあなたの神、【主】はねたみの神であるから、あなたの神、【主】の怒りがあなたに向かって燃え上がり、主があなたを大地の面から根絶やしにされることのないようにしなさい。