宣教メッセージ

2025年11月16日東村山キリスト教会伝道礼拝 説教要旨

<神の恵みキリストの現れ テトスへの手紙2章11~15節>
「コロナ禍」が終わり二年半が過ぎました。「コロナ禍」の辛い経験は、「人との人格的な関わり」を持つことのできない辛さでした。「コロナ禍」を経た今、私達は、「人との人格的な関わり」が私達には無くては成らないこと、「人との人格的な関わり」が自分自身の人格を形成していることを教えられました。実は、このことは「神様との人格的な関わり」にも同じことが言えます。私達にとって、「神様との人格的な関わり」は無くては成りません。そして「神様との人格的な関わり」が私達の人格を形成するのです。「神の恵みキリストの現れ」について、私達は次のことを見ていくことにしましょう。キリストが私達を贖い出し、キリストが私達をきよめ、キリストの再臨を待ち望む。
1.キリストが私達を贖い出す
テトスが牧師をしていたクレタ島の人達は、「荒くれ者」が多かったようです。しかし私達も同じように、自己保身の罪、自己中心の罪、自分の欲望に生きる罪を犯す罪人です。そのような罪人の私達のために、「全ての人を救う神の恵みイエス・キリストが現れた」のです(11節)。どのようにキリストは神の恵みを与えるのか。キリストは私達を贖い出します (14節)。「贖い出す」とは、「代価を支払い買い戻す」ことです。キリストはこの世に来られ、私達の罪の身代わりとなって十字架で死ぬことで、尊い神の御子のいのちを代価として支払い、私達人間を罪の奴隷、死の滅びの奴隷から買い戻してくださったのです。イエス・キリストを信じ受け入れましょう。
2.キリストが私達をきよめる
キリストは私達を贖い出し、きよめてくださいます(14節)。イエス様は、信仰者に、日々キリストの十字架を負って(罪に生きる古い自分を十字架に付けて殺しながら)、キリストの後に従い生きることを教えています。ならば、キリストが私達に内住し、私達はキリストに似た者に変えられ、きよめられるのです。キリストとの人格的な交わりが与えられることで、私達は、『不敬虔』と『この世の欲』を捨て、『今の世にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活する』(11節)ことができるようになります。神様に祝福された幸いな、喜びに満ちた人生を始めましょう。
3.キリストの再臨を待ち望む
キリストは十字架で死に、三日目に死から復活し、昇天しました。そして私達は、キリストが再びこの世界に来られる再臨を待ち望んでいます。キリストの再臨は、『祝福に満ちた希望』(13節)です。私達は、年を取り衰えても失望しません。キリストの再臨の時、キリストと同じ栄光の姿に変えられるからです。私達は、この世界が悪い方向に進む時も、失望しません。キリストの再臨の時に、新天新地(神の国)が完成するからです。失望に終わらない希望の人生を始めましょう。
関連聖書箇所
◎詩篇73篇21、22節
21 私の心が苦みに満ち私の内なる思いが突き刺されたとき
22 私は愚かで考えもなくあなたの前で獣のようでした。

◎Ⅰペテロ書1章18、19節
18 ご存じのように、あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、
19 傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです。

◎マタイの福音書16章24~25節
24 それからイエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。
25 自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者はそれを見出すのです。

◎Ⅱコリント書3章17、18節
17 主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。
18 私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。

◎Ⅰヨハネ書3章2、3節
2 愛する者たち、私たちは今すでに神の子どもです。やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。
3 キリストにこの望みを置いている者はみな、キリストが清い方であるように、自分を清くします。

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