宣教メッセージ

2025年12月7日東村山キリスト教会第二アドベント礼拝 説教要旨

<大きな光を見る イザヤ書8章19節~9章7節>
冬至(とうじ)の日を境に「光」が回復します。しかし私達の時代の暗闇、人生の暗闇に、「光」が回復するために、私達はどうすれば良いのでしょうか。神様は『大きな光を見る』(2節)ことを教えています。私達自身の罪に暗闇を見出し、神の御子に大きな光を見出し、万軍の主の愛の熱心さを見出す。
1.私達自身の罪に暗闇を見出す
イザヤは、今から2,700年前に、南ユダ王国を中心に活躍した預言者でした。当時、イスラエルは北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂し、北イスラエル王国は、大国であったアッシリア帝国に滅ぼされました。南ユダ王国の民達は、アッシリア帝国によって滅ぼされる不安と恐れの中にありました。北イスラエル王国が、アッシリア帝国に滅ぼされた原因は、何か。小国が、経済力や軍事力において圧倒的な優位に立つ大国によって滅ぼされたのではありませんでした。北イスラエル王国が、神に尋ね求めず、偶像の神々の声に聞こうとしたためでした(8:19、20)。『顔を上に向け、自分の王と神を呪う』(8:21)にあるように、神様に背く罪を犯し人に罪を犯すことを平然と行っていたことにありました。その結果として、『暗黒、追放された者』(8:22)とあるように、神様に背を向け生きる人間存在そのものが暗闇でした。時代の暗闇、人生の暗闇の根本に、罪の暗闇、死の暗闇があることを見出そうではありませんか。
2.神の御子に大きな光を見出す
イザヤは、「苦しみの闇がなくなる」(9:1)ことを預言しています。『大きな光を見る』(9:2)からです。『大きな光』とは、「神の御子キリスト」が男の新生児としてこの世に生まれることでした。この世の主権のある「神の御子」を、私達人間は心の王座に迎えませんでした。しかし、私達の罪の身代わりとなった神の御子の十字架の死と復活によって私達の罪は赦され、死の滅びから救われたのです。神の御子の十字架の死と復活に、神様の知恵、神様の力、永遠のいのち、神様との平和、人との平和(9:6)があります。神の御子の十字架の死と復活こそが、私達の罪の闇、死の闇に打ち勝つ『大きな光』なのです。
3.万軍の主の愛の熱心を見出す
イザヤが預言してから、700年後、イエス様が「神の御子キリスト」としてこの世界に生まれてくださいました。そして十字架の死と復活によって、私達の罪と死に完全に勝利してくださったのです。神の御子キリストの十字架の死と復活に、神様の御前での真実な喜びがあり、真実な平和があります。万軍の主の愛の熱心がこのことを成し遂げます。イエス・キリストの再臨を待ち望む時代、時代の暗闇、人生の暗闇、罪の暗闇、死の暗闇を私達は見て絶望しそうになります。しかし闇に打ち勝った、神の御子キリストの十字架の死と復活に『大きな光』を見出し続けようではありませんか。神の国の完成(大きな光の完成)を、万軍の主の愛の熱心が成し遂げるのです。
関連聖書箇所
◎イザヤ書53章5、6節
5 しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。
6 私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、【主】は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。

◎ヨハネの福音書1章4、5節
4 この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。
5 光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。

◎Ⅰコリント書1章23、24節
23 しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かなことですが、
24 ユダヤ人であってもギリシア人であっても、召された者たちにとっては、神の力、神の知恵であるキリストです。

◎Ⅰコリント書1章18節
18 十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力です。

◎Ⅱコリント書10章4節
4 私たちの戦いの武器は肉のものではなく、神のために要塞を打ち倒す力があるものです。

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