<この世の悲しみに生まれた救い主 マタイの福音書2章13~23節>
人生の悲しみを知る者、この世の悲しみを知る者を、神様は見捨てません。
悲しむ者のところに、救い主イエス・キリストは来てくださいます。
この世の悲しみに、救い主が生まれ、神の家族と歩む。
1.この世の悲しみに
クリスマスは、人の殺意からはじまっています。当時イスラエルを治めていたヘロデ王は、ローマ皇帝から任命されたエドム人でした。旧約聖書は、異邦人がユダヤ人の王になることを禁じていました。ヘロデ王は、疑い深く、ユダヤ人が反旗を翻し、王位から追い出されることに、常に恐怖と不安を覚えていました。ヘロデ王は、東方の博士達から、ユダヤ人の王(救い主)が生まれたと聞いた時、救い主を殺害する計画を立てたのです。ヘロデ王は、救い主を殺すために、ベツレヘムに生まれた幼児を虐殺しました。しかし、その一方で、ヘロデ王は、ユダヤ人の機嫌を取るために、47年をかけて、エルサレム神殿を荘厳な神殿に改築したのです。私達も、外見的に信仰的に熱心に見えても、内面において、心を堅く閉ざし、救い主を自分の心の王座から締め出す罪に注意しなければなりません。私達は、自己中心な思いから、自分にとっての邪魔者を自分の心から締め出す罪に注意しなければなりません。この世の罪の現実、その悲しみに、救い主は生まれたのです。
2.救い主が生まれた
ヘロデ王は、ベツレヘムで幼児虐殺を行いました。マタイは、このことを預言の成就として伝えています。18節は、エレミヤ書31章15節のみことばです。ユダヤ人がバビロン捕囚として連行されることへの嘆き悲しみを伝え、子を失う喪失感が、「慰めを拒む悲しみ」であることを伝えています。このことが、ベツレヘムで幼児をなくした親たちの喪失感として成就したとマタイは伝えています。私達の悲しみには、私達人間の慰めでは慰められることのない深い悲しみがあります。エレミヤ書31章16、17節は、神様が、私達人間が慰めることのできない深い悲しみを慰めてくださることを教えています。ベツレヘムでの幼児虐殺の悲劇から、イエス様は免れました。しかし、救い主は、私達の罪の身代わりとなって十字架の上で死に、死から復活してくださったのです。救い主の十字架の死と復活こそが、神様からの唯一の慰めです。慰めを拒むこの世の悲しみに、唯一の慰めとなるために、救い主は生まれたのです。
3.救い主が神の家族と歩む
貧しい神の家族(ヨセフとマリア)は、神のみことばに謙遜に聞き従って、幼子である救い主を守りました。さらに重要なことは、救い主が、貧しい神の家族と歩み、守ってくださったのです。私達の教会も、貧しい神の家族です。しかし、この世の悲しみの中で、救い主が共に歩んでくださる、神様からの祝福の豊かさを知り、証しましょう。
関連聖書箇所
◎エレミヤ書31章15節
15 【主】はこう言われる。「ラマで声が聞こえる。嘆きとむせび泣きが。ラケルが泣いている。その子らのゆえに。慰めを拒んでいる。その子らのゆえに。子らがもういないからだ。」
◎エレミヤ書31章16、17節
16 【主】はこう言われる。「あなたの泣く声、あなたの目の涙を止めよ。あなたの労苦には報いがあるからだ。──【主】のことば──彼らは敵の地から帰って来る。
17 あなたの将来には望みがある。──【主】のことば──あなたの子らは自分の土地に帰って来る。
◎ハイデルベルグ信仰問答
序:ただ一つの慰め
問一:生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか。
答:私が私自身のものではなく、体も魂も、生きるにも死ぬにも、私の真実な救い主イエス・キリストのものであることです。この方は御自分の尊い血をもって私のすべての罪を完全に償い、悪魔のあらゆる力から私を解放してくださいました。・・・・・