宣教メッセージ

2025年8月17日東村山キリスト教会伝道礼拝 説教要旨

<主の十字架の血による平和 コロサイ人への手紙1章18~23節>
今年の8月15日で、私達の国は、第二次世界大戦の終戦から80年を迎えました。「戦争の記憶の風化」が危惧されています。世界的に見れば、戦争による戦禍が絶えません。私達は、「私達の国が犯した侵略戦争についての罪を告白し悔い改めること」、「私達の国が体験した戦争の悲惨さを学習し後世に継承すること」は、心の痛みを覚えながらも続けるべきことです。だからこそ、私達は『主の十字架の血による平和』を謙遜に仰ぎ見なければなりません。
主の十字架の血で、神様と和解し、人と和解し、万物と和解する。
1.主の十字架の血で神様と和解する
私達は以前の状態は、『神から離れ』『神に敵意を抱き』『悪い行いをする』者(21節)でした。しかし私達は『聖なる者』『傷のない者』『責められるところのない者』(22節)になりました。それは、人間的な努力によってではありません。「主の十字架の血による平和」によるのです。神の御子イエス・キリストが私達の罪の身代わりに十字架で死んでくださることで、私達の罪は赦され、神様と和解することができたのです。80年前、日本の国は戦争する国家体制を造り上げるために、「国民儀礼」として天皇への礼拝、神社参拝、靖国神社参拝を強制しました。日本の教会の歴史の中で、「国家神道体制の下で、天皇を現人神とする偶像礼拝の罪を犯した」(JECA戦後80年声明)ことを悔い改めなければなりません。だからこそ、「主の十字架の血による平和」を謙遜に仰ぎ見て、神様との和解を願い求めましょう。
2.主の十字架の血で人と和解する
使徒パウロは、『キリストこそ私たちの平和』(エペソ2:14)から、「ユダヤ人」と「異邦人」との和解を教えています。キリストの十字架の死によって、私達の隔ての壁である敵意は打ち壊され、キリストにあって一つとされるのです。私達の国は、戦争する国家体制を造り上げるために、「八紘一宇」(世界の国々は現人神である天皇のもとに一つの家族であるとする思想)を東南アジアの国々に強制しました。そして「同じキリストのからだに属するアジアの教会にも、偶像礼拝を強要する罪を犯した」(JECA戦後80年声明)ことを、私達は悔い改めなければなりません。「主の十字架の血による平和」を謙遜に仰ぎ見ながら、被害国の人々との和解が与えられることを祈りましょう。
3.主の十字架の血で万物と和解する
主の十字架の血による平和は、万物との和解です。つまりは、神の国の前進、神の国の完成に至る神様の御業です。長崎に原爆が投下された時に、当時9些歳であった「片岡神父」は、浦上天主堂からの帰った後に、自宅で被爆しました。その時、同級生であった女の子が「祈ろう、祈ろう」と言ったことばを80年経った今も決して忘れることなく、記憶しています。主の十字架の血による神様との和解、人との和解、万物との和解を祈りましょう。
関連聖書箇所
◎ヤコブへの手紙4章1、2節
1 あなたがたの間の戦いや争いは、どこから出て来るのでしょうか。ここから、すなわち、あなたがたのからだの中で戦う欲望から出て来るのではありませんか。
2 あなたがたは、欲しても自分のものにならないと、人殺しをします。熱望しても手に入れることができないと、争ったり戦ったりします。自分のものにならないのは、あなたがたが求めないからです。
◎エペソ人への手紙2章13、14節
13 しかし、かつては遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近い者となりました。
14 実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、
◎哀歌5章7節
7 私たちの先祖は罪を犯し、今はもういません。彼らの咎は私たちが負いました。
◎ヨハネの黙示録21章4節
4 神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」
◎ローマ人への手紙8章19~22節
19 被造物は切実な思いで、神の子どもたちが現れるのを待ち望んでいます。
20 被造物が虚無に服したのは、自分の意志からではなく、服従させた方によるものなので、彼らには望みがあるのです。
21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由にあずかります。
22 私たちは知っています。被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。

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